ある会の話の中で、坐禅の話が出たので、最近(2月5日)に体験した坐禅の話をしたところ、けっこう盛り上がった。
まだ寒さの残る日曜日の朝、まだ暗い6時に南洲寺に集合して、禅堂に入り、正しい足の組み方、手の組み方などの指導があり、般若心経をに続き白隠禅師坐禅和讃を読経。経本があるとはいえ、みんなの読経に付いて読むのが精いっぱい。
正しい足の組み方である結跏趺坐(けっかふざ)で臨んだが、10分も経つと、重ねた足の骨と骨があたる部分が痛みとともにしびれてきた。これでは坐禅が終わった時に立てないかも...
と、足に触るとほとんど感覚が無くなっている。これではイカン!と半跏趺坐(はんかふざ)に変えようとするが、足が動かない。しかたなく極めて静かに、超スローモーのコマ送りのように足をつかんで組んでいた足をほどいた。
すると、足先に血液が流れて行くのがわかるような感じで感覚が戻ってきたが、同時に耐えがたいような、くすぐったいような、じんじんとしたしびれた襲ってきた。ぐっとガマンしてそれをやり過ごした頃、ようやく坐禅は終わった。
その後、朝がゆ会に参加した。
おかゆ 一椀
煮しめ 一皿(シイタケ、干し大根、竹の子)
たくあん二切れ、梅干一個
お粥を食べる時は、お粥のお椀を持って、おかずを食べる時はおかずのお皿を持って食べる。このとき音を立ててはいけない。もちろんお椀やお皿を置くときも音を立てない。
和尚さんの話を聴きながら、食事の仕方に付いて学びます。
しかし、どんなにソッと置いても「カタッ!」と音がし、あちこちで「カタッ!」、「カタッ!」と音がします。
し~んとした中で「ガリッ!、ゴリッ!」とたくあんを噛む音が響き渡ります。和尚さんがよく通る太い声で「気合いで音をかみ殺す!
」と注意。とたんに「ポリッ、ポリッ」と小さい音に...音を立てずに食べることは、誠に難しい

和尚さんが、「たくあんは2枚ありますが、1枚は最後まで残しておいて下さい。お椀を洗うのに使います」と説明した。
...が、何人かは、全部きれいに食べてしまったのである。あれほど「残しておくように!」といったにも関わらず...で、食べてしまった人は(・_・)エッ....? どうしよう!?
和尚さんが「欠席者のたくあんを使って!」と、最後の作法まで事なきを得た。
全てが終わり、感謝の言葉を唱えて合掌。
おかゆの味は薄味でしたが、煮しめは美味しい味付けでした。たくあんも思いっきり音を立てて食べたら、さぞ美味しかっただろうと思います。その証拠に、最初の約束を忘れて全部食べた方がいらっしゃいますから...

私たちが頂く食事は、いかに多くの人の手数と労力が費やされているか、その苦労を思い、天地自然の恩恵を忘れずに、食事を頂く感謝の気持ちが大事であると教えられました。
ちなみに和尚さんの良く通る声は太く逞しい声質のバリトンで美声でした。
話し相手の方も、同じ思いをしたらしく、たくあんを食べる時、音を注意され、思わずそのまま飲み込んでしまったそうです。
最近のコメント